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椿と客人

3月24日は、みちくさ部が2周年。お客さまひとりの時もありました。
それも、めちゃめちゃ楽しかったけど。強がりでなしに。

24日のみちくさ部レポート↓ @たからの庭ブログ
http://takaranoniwa.com/blog/2012/03/324.html
http://takaranoniwa.com/blog/2012/03/324-1.html

どうにかこうにか2年。
ありがとうございます、を何回言えばいいのか見当もつかない。
でも、ありがとうございます。

P3240948x.jpg



その間に、僕自身がたからの庭の自然に少しずつなじんできて。
なんとなくリズムが分かってきて。

その過程をライブで皆さんにお見せしているような、そんなみちくさ部。

もっともっと、型にはまらない見せ方、考えていきたいと思います。
どうぞお楽しみに!

そして、また巡ってきた3月。
思わず「どんなバラもこの椿にはかなわないよ…」と口走った、
たからの庭の深紅の椿。

不思議なんだけど、去年の3月21日、あの椿の写真撮っていないのです。
そして、その日はほとんどろくに写真撮っていなかった。
そのあとのしばらく撮っていた写真も記憶にないものばかり。

こないだ見返して、「あ、ああそうか、ここ行ったっけ」って「再発見」してしまった。


P3240807x.jpg


脳裏に焼きつくような濃厚な深紅。


目の前に立つと畏怖の念に打たれずにはいられないような。
でも、大きな声ではいえないけれど、去年のほうがきれいだった。
今年もすごくすごくきれいだったけど、去年のほうがきれいだった。

写真撮るの忘れるくらいきれいだった。

P3240834x.jpg

たぶん、あの時はとにかく茫然としていたんだと思う。
仕事もせずに、ひたすら自転車を走らせてはヤドリギを探していた。
ヤドリギを探しながら、地元の自然をつぶさに見ていた。
なんて贅沢な時間だったろう。


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あの震災のあとに出会った人の多くは、
僕の人生を作りかえるような人ばかりだった。

あるいは、人生を作りかえるなにかを求めていただけかもしれない。
とにかく、変わっていってしまったのは確か。

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ところが、副部長はそうではないのであります。
ずっと前からそこにいるようにいて、いろいろ青くさい話をしても
「そりゃ違う」と言うでもなく、「すげーな」と言うでもなく。
「そうかそうか」と聞いてるんだか聞いてないんだかと言う風な感じで
聞いていて、父のようでもなく、兄のようでもなく、友達のようでもなく。

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みちくさを食うといえば、うかうかと付き合ってくれ、
よく分からない頼みも聞いてくれ。ただよう浮草のような。
ほんとにサラリーマンなのか分からないような感じ。

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僕は、似たような人を他に知らない。
そして、広島に去るというのに(本人は鎌倉を去りがたく思ってらっしゃるようだけど)
あまり別れ難くない。寂寞がない。

とても、不思議なんだけどあまりない。

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僕は、年の割にはいろんな人の死にも接してきたし、
けんかっ早い性格なので、ずいぶんケンカ別れもしてきました。
だから、ともかく、あの離別のえぐられるような苦しみはあんまり味わいたくない。

それでも、いくつもくぐらねばならないのだとは思うけれど。

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副部長の広島栄転に、いまひとつ心が動かないのは、
(ひどいこと言ってる)
まあ単に、僕が動く側でないというのもあるし、
ツイッターやフェイスブックがあるというのもあるし。



でも、もっと根本的なところが気がついた。さっき。
彼のありようは、仏像に似ている。

いろんな人の、言葉であったり感情を跳ね返す。
跳ね返すというとほんとに聞いてないみたいだから語弊があるけど、
仏像のように、話すその人が望むような形をとるような融通無碍な何か。
感情を反響するなにかを持っていると思う。生得的に。

キリスト教でも、キリストがいろんな姿をとって現れるという伝説がいくつもあるけど。
そういう感じ。

いや別に、仏さんの化身だなんて言わない。ふつうのおっちゃんだと思う(笑)

ただ、仏像のように、あるところにいて、
誰か若い衆が、飛んだり跳ねたりはみ出たり、ぐちゃぐちゃとしてるのを
斎えてるような作用があるような。


だから、誰もが手もなく彼と打ち解けて、
くつろいだ気持ちになれるのではないかなと思った。

一方で、僕の祖母がそうであったように、自分自身の苦しいときは
まったく見せなかった。
いや、見えてたのかもしれないけど、アホなわたくしは気付かなかった。

そういうときにお返しに力になれただろうか、というと、
あまり自信がない。でも、それも仕方ない。


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なんて身勝手な暴論と思う。
されど、間違いなく手から離れたホースみたいに、果てしなく安定しない
僕にとって、副部長は神さまが遣わしたなにかそういう
仏像のような存在であったのではないかと、思うことにした。
別にヨイショするでもなくて、覚園寺の薬師如来と同じような働き。

そういう存在って、100年後再会したとしても、昨日会ったようであるように思う。
人間離れしているから。

ささやかな偶然に対して、そういう説明はアホらしいけれども。


ともあれ、

僕の前に現れてくれて、どうもありがとうございます。
美女でないのにこう言うのは、実に、不満だけれど(笑)


草々
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あの震災で色々な事を考え、心がグチャグチャな時に出会ったのが部長であり、みちくさ部だった。
正直、辛い時もあったよ。
でも帰る場所として、たからの庭やみちくさ部があったおかげで何とか乗り越えられた。
感謝という言葉しかない。

私の人生に部長みたいな人は居なかった。
で、申し訳ないけど打ってどう響くのか楽しんでたところがあった。悪かったね。
部長は随分と年下だけど尊敬しているし生き方に憧れている。
私には出来ない。

人には変わってはいけない所があると思う。
部長には良い意味で変わってほしいし、良い意味で変わってほしくないと切に願う次第。

最後に・・・おっちゃんで悪かったな?(笑)

No title

了解です。
すこしでも乗り越える力になれたのなら幸いっす^^
プロフィール

清右衛門

Author:清右衛門
みちくさ部長。北鎌倉たからの庭にて、草木についてのほほんと語る教室をしてます。教室&ワークショップ、ツアーや活動の記録、お知らせや、日々の雑感など。

ほかにも、編集的雑用・野草を生かしたランドスケープデザイン・植物調査・公共サインデザイン・グラフィックも少々やってます。

生態学畑。園生の森、おゆみ野の森でボランティア。
いけばな尚真。たまに俳句。

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