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誰?

とても幸運なことに、僕は比較的さまざまな人に
話を聞かされ、かつ聞いてもらうことがよくある。
誰にとってもそうかもしれないけれど、僕が話す言葉は
僕の言葉のようでいて、だいたいにおいて誰かの言った言葉が
僕の中に沈殿し、また思いついたみたいに浮かび上がってきたものだ。

Bauhinia purprea フィリピン大学
Bauhinia_purpurea_5x.jpg

で、あまりに空の写真が多いので自分で飽きてきて、2008年のフィリピンの
写真など載せてみる。わずか2年前というのが信じられない。嘘かも知れない
誰かが僕に嘘をついているのかも。

カエンボク フィリピン大学
P2140334x.jpg

昨日と今日は実に慌ただしかったのだが、ここまで徹底的に
自分を追い詰めていろいろ喋ったり、
ややこしい人との会談に臨んだことはなかった。
ずっと、喋りつづけていた。とても、ややこしい。
なんのことやら分からない話だが、自分でも分からないのだから仕方ない。

カエンボク
P2140348x.jpg

いやに、内省的じゃないかと言われそうだが、
ときどき鏡を見ながら、百面相をしてみる。変な顔だ。
関根勉の顔真似もする。まあまあ似ているが、あまり披露する機会がない。
で、ときどき誰だこの笑ってるやつはと思う。
笑っているという記号として判じにくい、自分にとっては。
この妙に幽体離脱した自己感覚は特徴的なんだろうと思う。

ジプニー(バスとタクシーのあいのこ)
P2140582x.jpg

まあ、いろいろ子供のころからの育ち方とか積み重ねで
そうなったりするんだろうなと思う。
結局、この笑ってるのは誰が笑ってるんだろう。
写ってるのは僕のはずだから、まあ十中八九僕だろう。

Samanea saman テーマパークNayon Pilipinoにて
P2180657x.jpg

と、同時に人前で喋っていると不思議と違う人が喋ってるような
気がすることがけっこうある。なるほど、直前までううむ、どう喋ろうと
思っているうちは自分だ。でも、喋りだすとなんでそんなこと言うんだおいおい
ということがけっこうある。いい加減だなこいつとも思う。

なんか、パイナップル科 San Augustin教会にて
P2181037x.jpg

一方で、この話はあの人が言ってたなとかこの話はあの人に聞いて感激したとか
大勢の違う人が僕の口を借りて喋っているような気もすることがある。
そのとき「わたし」とは誰なのかもはやなんだか分からない。
もっと大昔に生まれたらイタコかノロでもやってたのではないかとときどき思う。
いや、霊的な才能は何一つないけど、キャラ的に。

San Augustin教会にて
P2181049x.jpg

それでわずか2年前の写真を出してみても
けっこう撮ったことを忘れている。へえ、こんなの撮ったんだ、と思う。
2年前と今ではたぶん、やっぱり違う人なんだろう。
人の心は変容するものなのだろう。
でも、何がどう、どこがどう変わったのか分からない。

聖フランシスコ像 San Augustin教会にて
P2181050x.jpg

とくに、このフランシスコ像はまったく覚えてない。
自分の守護聖人だからと思ったのかもしれない。
ずいぶんたくさん、ミサの祭具や絵を見たことがもやもやと思い出される。
このことはどこに仕舞われていたのだろう。

キリギリス?
P2191154x.jpg

僕はただ、頭にいろいろ仕舞ってあることをたくさん忘れていて
何かすると思いだすことを喋っているだけのような気がする。
昨日、いちばん不思議だったのは、
「(子供に向かって)こうやって人に何かを教えられる人になるんだよ」と
紹介されたことだ。理屈は分かるけど、不思議だった。

Talinum fruticosum
Talinum_fruticosum_5x.jpg

なぜって、喋ってるのがいったい誰なのか
ときどき分からないのだから、嬉しかったけど不思議だった。
僕はずいぶんと大勢の人から(今日もそうだけど)多くのことを
受け取って、ただパスを回している。
回せるくらいだけ僕にくれる人がいるのだ。
それで、誰か違う人のことのように、昨日も今日も実に
いろいろ上手くことが運んだ。

Pseudoranthemum なんとか
Pseuderanthemum_sp2x.jpg

考えたってしょうがないけど、どうしてなのか分からない。
そのことについて、賞賛されるべきはやっぱり与えてくれた人なのだと思う。
だからなんだかとても、友達や先生やともかく大勢じぶんの中に
うろうろしていて僕の一部になってしまっている方々に感謝したくなった。

なんだかツユクサ科
P2191336x.jpg

これが、なんというか画期的なことだ。
けっきょくのところ、毎度おなじみの変わり映えのしない毎日だども。
なるほど、感謝とはこういう感情のことをたぶんゆうんだろうな、と
学んだですよ。それがあってるのかどうかは、やっぱり分からない

…別に、本気で分からない(んだけど)、
ずっとそうなわけではないですので(笑)
ときどき、とくと考えるとそう思うというだけです。
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プロフィール

清右衛門

Author:清右衛門
みちくさ部長。北鎌倉たからの庭にて、草木についてのほほんと語る教室をしてます。教室&ワークショップ、ツアーや活動の記録、お知らせや、日々の雑感など。

ほかにも、編集的雑用・野草を生かしたランドスケープデザイン・植物調査・公共サインデザイン・グラフィックも少々やってます。

生態学畑。園生の森、おゆみ野の森でボランティア。
いけばな尚真。たまに俳句。

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